演出は神である!

劇団十夢の演出です。
芝居を作る上での苦労話や映画・演劇を観た感想などを独断と偏見にまみれて書いていこうと思います。
(映画は★10点満点で採点してます)
どなた様もお気軽にコメントください。

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2009.03.24 Tuesday

西の魔女が死んだ

神の採点:★★★


原作読んでません。
なので、まだ救われたのかもしれません。
話自体はきっと良いものなのでしょう。

最近、洋画よりも邦画の方が(いや、ギャグじゃなく)面白いなぁと感じていただけに、


ぐはぁ!


と思いました。

この作品が駄作になってしまった原因はたった一人にあります。



たった一人、



それは、



監督です。



「長崎俊一」という監督の作品は今回初めて見ましたが、他の作品を見る気にならん。
この作品ほど監督の責任で駄目になっている映画も珍しいのではないでしょうか。
「独創性」が無い上に「見せ方(魅せ方)」にセンスが無い。

一番簡単で分かりやすい例を挙げるとすると、
開始から20分くらいのシーンです。
まいが一人で山を散歩し広い丘に出ると、ワイルドストロベリーの畑(?)に出ます。
流れ的には、
まず、まいがアップで「わぁ。すごい」と感想を述べます。
次にカメラが少し引いて上方よりまいの身体を映し、同時に地面を映します。
この時点で少しだけワイルドストロベリーが見えます。
そしてカメラだけ少しずつ引いていき、畑全体を映していきます。

普通、この流れだったら畑の面積って広いと思いません?
まいが「わぁ。すごい」って感想言ってるわけだし。

でも畑の面積は畳8畳分くらいです。



狭っ!( ̄Д ̄;)



です。

ここは観てる観客も「わぁ!」って思うくらいの広さを用意しなきゃいけないんじゃないか?
この映画は全体的にこういう肩透かしを喰らい続けます。
そして、肩透かしの原因は監督のセンスの無さに尽きるのです。

サンクチュアリも、もう少し木漏れ日を綺麗に撮ることが出来るだろうに・・・・。


で、

オイラは原作を読んでいないので、あくまで映画バージョンの「西の魔女が死んだ」しかストーリーを語れないのだが、



原作もこんな感じ?L(・o・)」



まいのお母さんはなぜ、あんなに無神経なの?
自分の子供が登校拒否してるのにおばあちゃんの家に預けるって・・・・。
子供が嫌いなの?
ラストの方で、「それでも仕事はやめない」的なことをいっていたけど、どれだけ自己中なんだ・・・。
ただでさえ人間関係で悩んでいる娘だぞ?
まして引越しして全然知らない人達ばかりの学校へ行くのに、親が傍にいてやらないでどうする!?

お父さんの存在理由って何?
親なんだから強引にまいを連れてけよ。
一緒に住もうって言ってやれよ。
「選ぶのはまいだ」って・・・・・中一の娘にイランだろそんな選択権。
理解ある父親の振りして全然わかっていない。
何か事件が起きた時にこの父親は絶対に責任を取らないで逃げるだろうなぁ、って感じだ。

まいが人間関係に悩むのは、親から学べるものが何も無いからだと思う。

で、
それが原作のストーリーなのか、映画の脚本の粗なのか分からないのである。



・・・粗のような気がするんだけどね。



近所のオヤジも扱い雑だし、郵便局員もテンション間違えてるし・・・。
(これも監督責任です。)
おばあちゃんとのあの別れ方でどうして成長できたのかも分からんし・・・。
(仲直りもせず結局ケンカ別れだろ?)



この映画は、パンフやパッケージに載っている写真で完結させた方が良いと思う。
おばあちゃんが孫の頬に手を当てている写真。
もうこれでおしまいです。
本編を見るより、この1枚の写真の方がよっぽど説得力がある。


ただ、
本編中にまいの想像で禅を行うシーンがあるのだが、前回の芝居(月は今日も僕を見ている)でも同じようなシーンをやったので、ちょっと笑った。



西の魔女が死んだ
時間:115分
監督:長崎俊一
出演:サチ・パーカー、高橋真悠

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