演出は神である!

劇団十夢の演出です。
芝居を作る上での苦労話や映画・演劇を観た感想などを独断と偏見にまみれて書いていこうと思います。
(映画は★10点満点で採点してます)
どなた様もお気軽にコメントください。

<< May 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

<< ハプニング | TOP | 13/ザメッティ >>

2010.03.28 Sunday

御法度

神の採点:★★★★★


新撰組を男色(ホモ)ネタで製作した作品。

松田優作の息子のデビュー作。


事前に知っていたのはこの程度の情報です。

知り合いから勧められたものの、

 

ヤローの絡みなんぞ見たくねぇ

 

と思っていたので敬遠していましたが、別の知り合いから「あれはホモの映画じゃなくてミステリーだ」という話を聞き、ホモを題材にしながらミステリー?ということに興味を持ち、パッケージに手を伸ばしました。
しかも、そのミステリーは作品中には解決していないので、判断はお客に委ねられている、とのこと。

 

オイラ、そーゆーの好きです。

 

で、観た感想は「確かに面白かった」。

ヤローの絡みのシーンは少なく、ガッツリしてるシーンは1か所位でしょうか。
松田龍平君。
当時16歳。

女も知らんのに男と肌を合わせたのでしょうか。
(いや、既に童貞じゃなかったのかも知らんけど)

演技は流石に「・・・」ですが、その覚悟はアッパレです。
オイラじゃ無理です。
どんなに金積まれても無理。


そういや昔劇団で、

オイラが役者もアーティストも男ばかりを褒めていたので、

 

演出ホモ説

 

が流れたことあったな。

いやーあの時は辛かった(笑)
団員が寄ってこないんだもん。
あ、それは今でも一緒か。


まぁいいや話を戻そう。

知り合いの言うとおり、ミステリーでした。
しかも、中々に懐の深いミステリーです。

いろんな説を許容できるミステリーです。

俺はこう思う。私はこう思う。僕はこう思う。が許されます。

なので、決まりきった答えがほしい人には向かないでしょう。
また、
ラストで沖田が土方に断りを入れて引き返すシーンの意味が分からないと「ミステリーであることに気づかない」人もいるかもしれません。

ミステリーに気づかない人は単純に「よくわからない映画」としか評価できないかもしれませんね。

説明不足だし、動機も良く分からない→面白くない、になってしまうかもしれません。
どうもあのラストの撮り方には不満を覚えます。
桜が綺麗と言っている人も多いですが、オイラはそうは思いませんでした。

あのラストの撮り方は本当に大島渚が撮りたかったラストなのでしょうか?


さて、
「じゃあお前の解釈はどうなのよ?」と問われる方もいるでしょう。

ここで少しオイラの解釈を書いておこうと思います。


まず黒幕。

これは、オイラは沖田総司しか考えられません。
武田真治のあの演技力をして伝わる部分が大きいですが、この映画内においては沖田は”同性愛者”です。

では誰を愛していたのか?

オイラは土方だと、思っています。

土方の加納惣三郎を”見る目”がいつもと違っていることに気づき、嫉妬からこのような動きをしたのではないかと思っています。
勿論、新撰組のことを想ってもいたでしょう。
でもそれは自分自身への動機付けだったのではないかと思います。
隊の規則として「私闘」は御法度なのですから他の方法をとらなくてはいけません。
沖田が加納を直接斬ることはできません。
沖田は新撰組でも中枢にいる人間です。
隊の人間を斬れば土方から理由を追求されることでしょう。
雑談をする時のような土方ではありません。
沖田が何らかの嘘をついても土方には通用しないと思いますし、沖田もそれが分かっています。
だからこそ直接手を下さなくても良いように、ドロドロとした策略が必要になります。
その大義名分が「隊の規律」だったのでしょう。

では土方は同性愛者だったのか?
オイラは、これは”違う”と思います。
土方は同性愛者ではなかった。
でも加納に関してだけ心を動かされた。
これは土方だけではありません。田代も井上も、山崎も湯沢も、そして近藤も。

加納は正しく魔性の美青年だったのです。

 

加納の魔性の正体-----それは「死」です。

 

加納は商人の息子です。
新撰組なんぞという危ない集団に属さなくてもよい人間です。
しかし、生まれついてのものなのか原因は分かりませんが、加納には生きている実感がありませんでした。
いえ、正確にいうと「生きている実感を持ちたいと考えてしまう病」です。
現代風に言うと何でしょう・・・躁鬱?虚無感?
普通の人は「生きている実感」なんてことを考えたりはしません。
いい意味でも悪い意味でも「何となく」で生きていけます。
(この時代にそのような生き方をする方が難しいかもしれませんが)

生きている必然性を自分の中に見出せない。

加納は出口の無い迷路に迷い込んだようなものです。
生きている実感がないから「死」も怖くない。
だから相手を「殺す」ことも怖くないのです。

加納は「死」から「生」の実感を得ようと考えて新撰組に入ったのではないでしょうか。

しかし周りの新撰組の隊員は違います。
毎日斬るか斬られるかの生活をしている中で、しかし「死にたくない」と思っています。

加納の纏う「死」のオーラはさぞ魅力的だったことでしょう。
危険で甘く、儚く朧げで・・・。

 

描写こそありませんが、加納は最後に沖田に斬られて息絶えます。
その瞬間の「沖田さん」という安堵感のこもったセリフ。

「あぁ、想い人にやっと斬ってもらえる。やっと死ねる。」

「沖田さん」にはそのような思いが込められているように思います。
加納の「願掛け」はきっとこのことでしょう。
だから、この作品は悲劇ではありません。


「死ぬために生きた人間」が「最も望んだ形」で死ぬことができた最高にハッピーな物語なのです。

 

お?

今回は映画の批評というよりは解釈に終始してしまった。
このブログをご覧になって映画を観る人もいるかもしれません。

アナタはどんな解釈をするでしょうか?


御法度
時間:100分
出演:ビートたけし、松田龍平
監督:大島渚


コメント

すばらしい
あんた最高
御法度のもやもやしてたとこめっちゃすっきりしました
ありがとうございます
映画の解釈に困ったらまた来ます
2018/02/27 1:39 PM by nanndeshou

コメントする









この記事のトラックバックURL

http://blog.tomu.tv/trackback/1272320

トラックバック

▲top